埼玉県郷土史

大正15年9月20日発行
著者:鯨井寅松
国立国会図書館デジタルコレクション永続的識別子:
info:ndljp/pid/924862

日本武尊

第十二代景行天皇の御代に東國地方は、今のアイヌの祖先である蝦夷がはびこって頗る強暴であった。天皇は日本武尊をお遣はしになって征伐せしめられた。尊は命を受けると喜び勇んで都を発し先づ伊勢の神宮に參拝して遠征の旨をお告げになり、御姨の倭姫命から草薙剱と火鑚金とを戴いた。これから兵を東國に進められて諸賊を平げて相模國三浦半島の海岸の走水から舟に乗られて房總の地に向はれた。不幸にも海が荒れて非常に御困難遊ばしたから妃の弟橘姫は海に入って海路の平穏を祈らせ給ひた。幸ひ無事に常陸の地に御上陸遊ばされた。

尊は東北の蝦夷を平定されて帰路武蔵の國に入られた。先きに倭姫命から授けられた火鑚金を児玉郡青柳村の御室嶽に蔵め天照大紳と素盞鳴尊を祀られた。これが武蔵國の二の宮なる官幣中社金鑚神社である。其後秩父の地に入らせられ宝登山にお登りになり、三峰山上には伊弉諾、伊弉冊の二紳を祀られた。入間郡堀兼村の堀兼井は農業御奨励の焉に尊が掘られたのであると傅へてゐる。 お帰りの途中伊勢で薨ぜられた。

閉じる

閉じる